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美濃路(清須)散歩11 新幹線庄内川橋梁~名鉄庄内川橋梁

前回に続き『美濃路(清須)散歩』の写真をUPします。

今回は「美濃路(清須)散歩」の11回目、新幹線庄内川橋梁~名鉄庄内川橋梁の写真を紹介。



◎前回のJR・新幹線の高架をくぐると新幹線の撮影に好都合な所に到着しました

新幹線庄内川橋梁

・河原から道路を渡って庄内川堤防の上まで移動しました(16:45)
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(ここは防音壁も無いし名古屋の摩天楼がよく見える)


・少し右に移動して橋梁中央の電柱の間から撮影
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(日中だったら青空でもっときれいに撮れたのに違いない)


・橋梁中央の電柱の間には風向風速計が設置されていた
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(この装置で風速を測って強風の時は速度制限とか運転見合わせをするに違いない)


・これは橋梁左側の電柱間を名古屋駅方面の列車が通過しているところ
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(奥の上り線は足元がみえないのでいまいちだった)


・庄内川堤防からの名古屋駅前の摩天楼
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(結果…架線を支える横方向のの鉄骨がじゃまだったのでこれもいまいちだった)


・もつと望遠で撮影
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(これは新幹線が主張し過ぎだった)


・これは奥の東海道在来線の貨物列車です
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・なかなかいい位置で撮れません
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時間の関係でここでの撮影は終了、次の名鉄庄内川橋梁へ移動。



名鉄庄内川橋梁

・こちらは枇杷島橋の上流の名鉄庄内川橋梁です(17:00)
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(夕暮れ時の撮影です)


・ここが枇杷島分岐ポイント
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・分岐ポイントの踏切から名古屋駅方面を撮影(この後は順に左に振って撮影)
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●前回の記事で尾張名所図会の古い絵をUPした際には、絵の奥に名古屋城が描かれていました。今回偶然上の写真左端に名古屋城が写っておりました(小さく)。


・上の写真の一部を切り取って表示。一応名古屋城が見通せることは事実でした。
minoji0823w.jpg
ピクセル等倍(574×431ピクセル)です


・これは踏切を列車が通過する瞬間
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(ここは障害物センサーがいっぱい設置されていた。あと犬山0キロポストも写ってる。)


・この先左側は名古屋本線、右側は犬山線に分岐しています。
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・さらにここの左側の空き地にはなぜかショベルカーが置いてあった(保線用か?)
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ここには旧枇杷島橋駅が有ったそうです


◇ここで昔の写真を引用して説明します

・1958年 線路切替直後の庄内川橋梁の様子
Shonaigawa_Bridge.jpg
(名古屋鉄道株式会社社史編纂委員会(編)『名古屋鉄道社史』、名古屋鉄道、1961年 393頁,日本国著作権消滅/米国フェアユース,https://ja.wikipedia.org/w/index.php?curid=3532902)

これは右側の古い鉄橋から、左側の新設橋梁(今回撮影したもの)へ線路切替をした時の写真です。昔は右側のような古い鉄橋が使われていたようです。


・さらに古い1923年より前の枇杷島橋駅
Biwajimabashi_St.jpg
フリー百科事典『ウィキペディア』 愛知県西春日井郡編『西春日井郡誌』より

当時は旧鉄橋のすぐ手前(西側)にこのように枇杷島橋駅があったそうです。ホームは短くて1両か2両位しか停めらなかったみたいだ。要約すると、令和の現在はこの写真の中央の旧線が引かれていた所に黄色いショベルカーが置いてあった…ということです。
(枇杷島橋駅は1949年廃止)

この時は左側の線路は一宮・犬山方面でした。一宮方面ですが、当時清州から先の一宮へ行く線路はまだ無かったので、一旦岩倉へ行ってそこから旧東一宮駅へつながっていたようです。尚、今は岩倉駅~東一宮駅間(名古屋鉄道一宮線)は廃線となっています。

さらに右側の線路は清洲・津島方面です。清洲方面は今の新清洲駅はまだ無いので、旧清洲町駅までの路線となっていました。この旧路線(清洲線)の跡は『美濃路(清須)散歩2』で旧線跡の様子を紹介していますよ。

ということで名鉄庄内川橋梁での撮影はここまで、この後は西枇杷島駅へ行って美濃路(清須)散歩は終了です。


・駅に行く途中に『にしび夢だいこん』像に遭遇。左の石柱は美濃路道標。
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『江戸時代の「尾張名所図会」に描かれた大根を担いだ、裸男をモチーフに制作された』らしいです。


・最後に美濃路道標の説明
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道標には次のように彫られていて、旧枇杷島橋小橋に建てられていたそうです。

東 西は津島天王清須(洲)宿道
西 東は東海道名古屋道 
南 文政10年(1827)丁亥【ひのとい】7月吉日
北 岩倉道

枇杷島橋を渡ると名古屋市内に入り美濃路はさらに続いてますが、この道標を最後に『美濃路(清須)散歩シリーズ』は終了です。



編集後記

美濃路(清須)散歩
今回は直線でおよそ4km、いろいろ南北方向にも歩き回りながら撮影していたので全行程で8km位は歩いたかもしれない。昔はこの位歩いてもなんともなかったが、最近はやや疲れるなあと感じるようになった。ということでそろそろ楽な方法を考えたい・・・

コロナの流行
今回の撮影は3月下旬だったので、近場の撮影ならなんとか可能ということで行ってきた。4月になると、さらに感染者が拡大し不要不急の外出は控えるようにということになって近距離、遠距離関係なく移動は事実上不可能となってしまった。ということで当初予定していた今年春の撮影旅行は、今年秋又は来年春に延期することにした。感染者が0人であれば秋でもいいかもしれないけど、たぶんダメだと思う。
よって今年の秋は移動自粛がなければ、隣の県(三重・岐阜)に日帰りで行ってみようかと考えている。

次の旅行は楽をしたい
コロナの影響で何処にも行けない間、ネットで自転車の検索をずっとしていた。それは普通のママチャリではなくて、折りたたむ事が出来て電車にも持ち込んで輪行出来るものです。当初秋頃に購入しようと計画していたけど、これもまたコロナの影響で生産停止となったり、在庫限りとかの状況が発生し、やむを得ず先月購入しました。購入したものはロードバイクのような大きなものではなくて、ミニベロと呼ばれるタイヤサイズが小さい自転車です。車両は出来るだけ小さくて、軽くて、値段の手ごろなものにしました。これを使うことによって、観光地を楽して巡ることが出来ると一応思ってます。



とりあえず今後の予定は10月か11月くらいに、隣県のローカル線に乗ってみようと計画してます。もちろん自転車も一緒の輪行です。但し今後のコロナの状況次第ですけど・・・

よって次回のUPは10月か11月、又は来年の春頃となりそうです。
cycle00.jpg
次回の記事タイトルは『ミニベロでポタリング始めました』の予定です(上の写真は8/2追加)



お知らせ 2020年8月2日SSL化に対応しました


美濃路(清須)散歩10 西枇杷島駅~枇杷島橋

前回に続き『美濃路(清須)散歩』の写真をUPします。

今回は「美濃路(清須)散歩」の10回目、西枇杷島駅~枇杷島橋の写真を紹介。



これから行く所の古い地図です

美濃路見取絵図④ 東京国立博物館「研究情報アーカイブズ」より 文化3年(1806年)
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この古地図の中央が最終目的地の庄内川に架かっている枇杷島橋です。今回は地図左端(現在は新幹線・JR在来線が通っている)から枇杷島橋までの写真です。ここでは枇杷島橋の新旧と今現在の枇杷島橋の南側に架かっているJR・新幹線橋梁、そして橋の北側に架かっている名鉄名古屋本線の橋梁を順に見に行きます。


・これからここに写っている新幹線・JR在来線の高架をくぐって枇杷島橋へ行きます
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(奥には庄内川橋梁の上を走っている名鉄の電車が見えます)


・ここの高架はこのように新幹線が通ってます
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・高架の手前には山車の蔵が立っていました
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お祭りの時に使われているようです


・高架を過ぎるとこのような標識看板が出ていて枇杷島橋が目の前ですが、ちょっとだけ先に名鉄西枇杷島駅の様子をUPします。
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(美濃路道標は次回UP)


西枇杷島駅付近にて

・ここは名鉄西枇杷島駅踏切です
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(左側の自販機のある所が西枇杷島駅です)


・この踏切の中から東(名古屋駅方面)側の軌道を撮影しました
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この右奥で、左側から来る犬山線と合流してます。(合流地点の写真は次回UP)


・これは反対側の西(須ヶ口・岐阜方面)側を撮影したものです
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ホームの左側はレールが撤去されていて、バラスが敷き詰められていた。奥に見えるのはJR・新幹線の高架です。


・反対(名古屋方面)側のホームも同様です
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昔はこの駅で特急等の電車を通過退避していたけど、今は一つ先の二ツ杁駅で退避することになったのでこの駅の退避施設はいらなくなってしまったということです。
尚、西枇杷島駅舎の撮影は忘れてました。


先ほどのJR線高架近くの美濃路沿いの標識看板近くに戻ります

・この右奥が枇杷島橋です
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(右側の道路が美濃路です)


枇杷島橋

・最終目的地枇杷島橋にやっと到着しました(16:40)
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橋の左(北東側)には名鉄本線枇杷島分岐点と橋梁、そして右(西)側にはJR在来線と新幹線の橋梁があります。この後は先に在来線と新幹線の橋梁へ行ってから、最後に名鉄本線枇杷島分岐点と名鉄橋梁を撮影してます。


・もう少し庄内川の下流の河原から枇杷島橋を撮影
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(橋の右側には中州「中島」の跡が見えています)


ではここで昔の枇杷島橋の絵図をUPします

・『庄内川の花見』「明治13年(1880年)刊」なごやのまち今昔(尾張名所図会)より
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庄内川の奥には小さいですが名古屋城が描かれています


・これは『枇杷嶋橋』 (尾張名所図会より)
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昔は川の中央にこのように中州があって橋も二つあったようです


次はJR・新幹線橋梁付近での撮影

・河原を歩きながら撮影出来たものは貨物列車でした
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・さらに庄内川河川敷を歩いてJR東海道線と新幹線の橋脚の下をくぐります
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この後はJR・新幹線の橋梁付近と名鉄本線枇杷島分岐点付近からの写真ですが、今回はここまでです。



編集後記

名鉄西枇杷島駅ホーム改良工事のニュース
『狭すぎることで有名な名鉄名古屋本線の西枇杷島駅(清須市西枇杷島町)について、名古屋鉄道は、ホーム拡幅などの工事に着手する。これまではあまりの狭さからベンチや屋根もなく、電車が来る直前まで乗客が待つこともできなかった。地元の利用者が利便性向上を喜ぶ一方、鉄道ファンからは惜しむ声が上がりそうだ。』・・・以上新聞記事より抜粋

枇杷島橋
この橋の歴史については、『1622年、尾張藩主徳川義直によって初めて架けられ、川の中島(1958年撤去)を間に東の大橋と西の小橋があった。美濃路として人々が行き来したことで橋の両側に市場が開かれた。中島には萩が、堤防には桜が植えられ、特に檜材の2橋は、「結構の善美、人の目を驚かせり(尾張名所図会)」と書かれた。』ということです。
昔は枇杷島橋は結構有名な観光地だったみたいですよ。



次回は、『美濃路(清須)散歩』の11回目 新幹線庄内川橋梁~名鉄庄内川橋梁での写真です。


美濃路(清須)散歩9 文造寺交差点~六軒神社

前回に続き『美濃路(清須)散歩』の写真をUPします。

今回は「美濃路(清須)散歩」の9回目、文造寺交差点~六軒神社の写真を紹介。


◇前回迄の「土器野新田」古地図めぐりが終わったので、元の美濃路(清須)散歩を再開します。


これから行く所の古い地図です

美濃路見取絵図③ 東京国立博物館「研究情報アーカイブズ」より 文化3年(1806年)
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この古地図の中央やや下が現在の文造寺交差点です。この交差点から南へ当時「馬嶋明眼院道」と呼ばれた道がなんとなく南へ続いているのが分かります。前回までの「土器野新田」古地図巡りではこの辺りから西を散歩したので、今回からはこの文造寺交差点から東へさらに美濃路を歩いて最終目的地の枇杷島橋へ向かいます。現在ではこの古地図の右端をちょうど新幹線・JR線が通っています。今回は、この古地図の右半分の美濃路沿いの様子をUPします。


・文造寺交差点(16:15)
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(交差点南側から撮影。この通りは昔「馬嶋明眼院道」と呼ばれていました。)


・この交差点近くにはこのようなショップ跡も残っていました
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サニーと呼ぶんですね。海外ではソニーでもなく、サンヨーでもないサニーとかいう怪しげな無名のブランドの製品を見た記憶があります。ここは昔はレコードを売っていたのでしょう。レコードが廃止になって、CDとかVTRの新しい媒体を売るようになったのではないでしょうか。(今は閉店したみたいです)


・ではこれより美濃路を枇杷島橋に向かって散歩再開
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この辺りは結構曲がりくねっていました


・昔の商店です
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かしわとか玉子を売っていた店のようです。いまはスーパーで何でも揃いますが、昔はこのような小さな店を歩き回って買い物をしなければならないので、結構時間とか手間がかかっていたんですね。


・ときどき見られる空き地
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昔は敷地に目一杯建てられたけど、今は建ぺい率の関係で敷地面積は60%位で容積率は200%位だと思う。よって敷地のほぼ半分位しか建てられないので、ここだと下はリビング兼キッチン一部屋と、二階も広めな一部屋、又は小さ目の二部屋かなあ。たまに土地の売り出し中の看板は見たけど、なかなか売れないみたいです。


・この辺りではよくある路地
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(車は絶対通れません)


・ここは車一台なら通れそう
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・昔からの銭湯が残っていました
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なにぶん古い住宅、長屋等もまだ残っているので銭湯は必要なのでしょう。


・ここは昔の町屋(商家)のようです
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・珍しく三階建ての建物もありました
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・これって左隣の家と所有者が同じかもしれない
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(変な体制でくっついてるし、左の屋根が右側にはみ出てるよねえ。)


・ここは今はお好み焼きの店として使われているようです
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・こちらは喫茶店ですね(16:25)
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・この日はお休みでした
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・右隣りは旧家のようです
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・この家は「柴田家住宅」みたいです。それにしても古いねえ。
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(この家に入るときは、時代劇みたいに右の小さな引き戸を開けて入るのかな。)
次は松原神社に寄ります


松原神社

・さらに進むと松原神社がありました
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(今回は時間が無いのですぐ次に進みます)


問屋記念館

・少し先の問屋記念館に到着
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・しかし、ここ問屋記念館も他の資料館と同様お休みでした。
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問屋記念館は、美濃路の街並みを形成してきた町屋(青物問屋)の商いと暮らしの様子を再現しています。旧・山田九左衛門家住居部分とともに商用部分を持った住宅で、間口が狭く、通り庭にそって部屋が並ぶ中二階建、座敷は奥に配置される典型的な問屋構造をしています。…ということらしい


六軒神社

・さらに進むと六軒神社に到着
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この先はJR・新幹線の高架をくぐり枇杷島橋に到着ですが、今回はここまでです。



編集後記

問屋記念館

問屋記念館敷地内に公衆無線LAN「Kiyosu Free Wi-Fi」を整備、お持ちのスマホやタブレットで看板上の各山車QRコードを読み込むことにより、山車やからくり人形の説明が表示・音声ガイドされます。 ……ということらしいですが、今回試すことができませんでした。

庄内川堤防
最初の古地図を見ると、この周辺は雨が降るとすぐ水浸しになるような雰囲気で描かれていますが、今はしっかりした堤防で守られています。



次回は、『美濃路(清須)散歩』の10回目 西枇杷島駅~枇杷島橋での写真です。


美濃路(清須)散歩8 「土器野新田」古地図巡り(その四)

前回に続き『美濃路(清須)散歩』の写真をUPします。

今回は「美濃路(清須)散歩」の8回目、「土器野新田」古地図巡り(その四)の写真を紹介。


今回の「土器野新田」古地図巡りのルート図です
minojimap6n.jpg

今回は「土器野神明社」北側から散歩を開始します


古地図H地点

◇現在はI地点から東へ、F地点近くまで通じる新しい道路が出来ていました。

・この先の通路がT字路で奥には行けなくなっていたのでH地点だと推定
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神社境内からここへは古地図では行けそうだったけど、現在はそれらしき痕跡はありませんでした。現在では小山の上の本殿に通じる渡り廊下とか拝殿が出来ているので、出口がH地点からG地点に変更になったのでしょう。



古地図I地点

・昔の水路は今は道路になっていた
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(たぶんここは暗渠になっているのでは)


・ここは土器野ポンプ場でした
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I地点西側の新川へ通じる水路は現在はポンプ場となっていた。新川が増水してもポンプで強制的に排出しているようだ。


・さらに奥に進むとこの道路は所々で曲がっていたり、幅が変わっていたりしていた。ここは昔の生活道路がそのまま今に至っているようだ。
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・ここの奥の坂を上がった所は美濃路です
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I地点と確認出来たので、この美濃路へ移動して次のJ地点へ。



古地図J地点

・古地図のJ地点近くに描かれている大きな建物は……「阿弥陀寺」でした(16:05)
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神社仏閣は相当昔から有ったので当然明治初期の古地図には載っているわけだ



古地図K地点

・続いてK地点の大きな建物を見に行くと……「瑞正寺」でした
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・左奥には宝塔が見えます
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この瑞正寺境内に高さ4.5m位の宝塔があった。この北方に尾張藩の刑場があり、処刑された罪人の菩提を弔うために1815年に建てられたとのこと。


・このすぐ先はL地点ですが、先に瑞正寺裏に回って敷地の基礎を撮影してます。
minoji0602.jpg
基礎はやはりこのような玉石積みで固められていた(ここだけでも2m位の高低差がある)
あと、古地図上では周辺に高木がかなり立ってたようですが、現在はまったく有りませんでした。


古地図L地点

・現在はこの交差点の北東角には飴茶庵がありました。
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美濃路散策の休憩場所として使われているようです


・ここは古民家を改修した交流施設ですね
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中の備品は、近くにあった既に閉店した山田模型店(通称アメチャッチャ)よりここに寄贈されたようですが、今回はコロナウイルスの影響でしばらく休館との事で中が見えませんでした。尚、元の模型店は今は普通の住宅になっていました。


屋根神様の社
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疫病除け、火難除け、武運長久祈願といった意味が込められているそうです。


・この交差点から東を望むとこんな感じです(枇杷島、名古屋駅方面)
minoji0606.jpg


・この交差点から南を望むと、先程の土器野神明社北口が見える。
minoji0607.jpg
ということは古地図のM地点(ため池)が目の前のはずだが……



古地図M地点の調査

結論……今はため池のようなものは存在していませんでした

昔あった水路のようなものは、たぶん暗渠となって埋められたようだ。
ここの池、水路が埋められた際には、同時に南側の神明社まで道路を延長して作ったと推測。昔の新田にはため池みたいなものが必要だったのだろうけど、現在ではまったく利用価値がないので、埋められて住宅とか道路が作られたのだろう。池の後の痕跡はまったく無かった。


つづいてM地点の池の東側の通路を探索します

美濃路のL地点(交差点)より東へ歩きながら、南へ下りる通路らしきものを探してみた。

・最初に見つけた路地(和菓子屋のすぐ隣りにあった)
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人のすれ違いは出来るが、自転車だと降りないとすれ違えない位狭かった。


・これは非常に狭い
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下った地点から南へ続く通路は現在は無くなっていて、正面に家が建っていた。そしてその家の左横から奥に回り込んで進むと、家の奥には東西方向に通じる狭い路地が新しく出来ていた。


・下から路地を見上げて見るとこんな感じ
minoji0627.jpg
(ここが探していた路地かもしれない)


・家の奥に新しく出来ていたM地点へ通じる路地
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池が埋めらた後に西側のM地点から真っすぐ東へ進める路地が出来て、この近辺の住民にとっては狭い坂道を通らなくても美濃路に行けるようになったので、かなり便利になったのではと思う。(この辺りはどこを見ても池の痕跡は無かった)


・ここからさらに東側へ通じる路地も、このような感じで出来ていた。
minoji0637.jpg
(ここの路地をずっと奥まで行って南へ続く路地跡を探したけど、それらしきものは無かった)


・南へ通じる路地は無かったけど、今いる所が痕跡かもしれないので念のため撮影。
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昔は路地だったけど、だんだん家が建ってきて消滅したのかもしれないねえ。


結論を導き出すと、池を埋めたその場所に南北に通じる(LとG地点を繋ぐ)新しい道路が作られた。さらに池を埋めたところから東へ新しい路地が作られた。よって今いる所からさらに南へ続く地図上の路地は、すべて用が無くなったので宅地になった。
(※あくまで個人的な見解ですよ)

この後は、東側へ通じる路地を進んでN地点へ移動しました。



古地図N地点

・ここのL字クランクは……まだありました(北向きの撮影)
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今は南北方向にも新しい道路が伸びていました
(ここは桝形道路じゃあないと思う。たぶん単に土地の境界線がずれていただけでは。)

この後はこの交差点を右に曲がって、東側に通っている昔の「馬嶋明眼院道」を通ってO地点(美濃路の文造寺交差点)へ行きます。



古地図O地点

・美濃路の文造寺交差点に到着(16:15)
minoji0642.jpg

ということで「土器野新田」古地図めぐりは今回で終了です

次回からはこの美濃路の文造寺交差点より、元の『美濃路(清須)散歩』を再開します。



編集後記

「土器野新田」古地図めぐりは結構大変だった
古地図めぐりは要所を適当に巡って撮影すれば単純に済むかと思ったけど、想像以上の苦労となってしまった。神社の様子が昔とはかなり変わっていたり、新しく道路が出来ていたり、さらには池の跡がどうなったかまで調査したりして想像以上に時間を費やしてしまった。でも終わってみればこれが結構楽しかった。美濃路の資料館は残念ながら今回全部休館だった為、内部の様子が一枚も撮ることが出来なかったけど、この古地図めぐりでかなり撮影出来たので、結果「撮れ高OK!」ということになった。

旧山田模型店の屋根神様(秋葉様)撤去祓清め式
『土器野 神明社 へようこそ』という土器野神明社HPで左サイドメニュー内の検索機能で「屋根神様」を指定して検索すると、2014/05/01の「屋根神様」の記事が参照出来て、当時の山田模型店から屋根神様(秋葉様)を土器野神明社境内の秋葉社に移した時の様子を見ることが出来た。当時の屋根神様撤去後の様子や、飴茶庵の中の備品が元々有った古い山田模型店の看板が写っていたので結構楽しかった。こうやってネットで見れる写真ブログって、やっぱりいいね。


次回は、『美濃路(清須)散歩』の9回目 文造寺交差点~六軒神社での写真です。


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「名古屋港水族館」4 ポートブリッジ圏外
『信濃路フリーきっぷの旅』1 上高地(1)↓16
『日光旅行記』1 中禅寺湖~日光東照宮(前編)圏外
2019年 今年のベストショット↓22
『富士山フリーきっぷの旅』1 久能山東照宮(1)↓8
『郡上八幡旅行記』2 旧名鉄美濃駅圏外
『恵那旅行記』1 紅葉の恵那峡圏外
【近江八幡・彦根'17】↓7
『富士山フリーきっぷの旅』12 富士川圏外
『信濃路フリーきっぷの旅』5 白馬(1) マニアックな撮影ポイント(その1)↓23
 ランキング集計期間 2020/04/01~2020/06/30
右端は3か月前のランク表との比較
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プロフィール

Author:古荷家幸之助

趣味:カメラ、旅行等


当サイトは、旅行に行った際の写真をUPしているサイトです。お得な切符もたまに利用して旅行に行っています。


使用カメラ(メイン)
Panasonic Lumix DMC-G7H
DMC-G7
ミラーレスμ4/3型(マイクロフォーサーズ)
1600万画素 レンズ(28-280mmズーム)
2016/02使用開始



G7で使用中のレンズ一覧

キットに付属している高倍率ズーム
(G VARIO 14-140mm H-FS14140-KA/F3.5-5.6)
side14-140mm
(外寸φ67mm×約75mm 重量:265g)



追加で購入した標準ズーム
(G VARIO 12-32mm H-FS12032-K/F3.5-5.6)
side12-32mm
(外寸φ55.5mm×約24mm 重量:70g) 
2017/10使用開始



追加で購入した
コンバージョンレンズ 広角0.7倍
convlens
(トダ精巧 DSWPRO 52mm 重量:80g) 
2018/11使用開始




☆旧使用カメラ(サブ)
コニカミノルタ DIMAGE A200
DIMAGE A200
800万画素 レンズ(28-200mmズーム)

 

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